深草の横取り四十萬

何をつくっているのでしょうか

2015-03-04いつの間にかアドバイスを求める立場にさせられる若者と助言者たち

昨晩(3/3晩)にみた17分強の動画(静止画+音声)。やりたいことをやれ!と助言されたとしても、そもそも「やりたいことがわからない」という悩みに答えるホリエ氏とオカダ氏、そして分析される若者=参加者氏の3名が登場する。

一般論としては、私は3名のどの立場も少しずつわかる気がする。あるいは3つの葛藤するかズレた考え方が私の中に同居しているような感じだ。

構図としては、
(1)「やりたいことがわからない。制約がなかったら毎日食っちゃ寝の生活もいいかと思うが、想像するとどこか罪悪感を感じてしまう」という参加者氏。助言する側としてはわりとどうしようもない感じがあって、典型的な感じがする。
(2)「やりたいことはあるはずであり、あきらめているだけだ。あきらめていることのなかにあるはずである。自分の満足する状態が文字通り自分が満足する状態であれば罪悪感など感じる必要はない。機会は提供・提案されているのに、即座に応じたり決断しないなら現状に甘んじるのは当然である」というホリエ氏。コンサルタント・問題解決タイプである。さっさと問題解決したい、次に進みたいという感じである。私も自分がヘボいのに、他人に説教してしまう悪癖があるので、動画中のはがゆい感じがちょっとわかる気がしてしまう。
(3)「ホリエ氏のように相手の気持ちを先取りしたり、決めつけたりするのはバッサリ過ぎる。本人がそう言うのだからきっとそういう煮え切らない気持ちなのだろう。自分だけ幸福であることに罪悪感を感じるとはどういう自意識なのか?」というオカダ氏。カウンセリング・事情傾聴タイプである。相手の言葉の内実を分析しようという感じである。

一応「やりたいことがわからない人は挙手」で挙手しただけで、自分から助言を求めたわけではないのに、いつのまにか「答えクレクレ厨」のように扱われて俎上にのせられちゃう参加者氏にも多少「声なき不満」がありそうではあるとも思う。ただ、チャンスというものは、対等で友好的な顔をしてやってくるものではなく、そういった傲慢な顔をしてやってくるのかもしれない、とも思う。無論「だから傲慢な私の言う提案を飲め!」と言うとそれはそれで問題なのであるけれども。