横取り四十萬

何をつくっているのでしょうか

Hume

Humeは現象の中にある出来事Aと出来事Bとの因果関係はすべて排除するのに,現象の連続によって因果関係が心の中の観念として形成されるという因果関係は認めている.これはおかしい.Humeは客観的因果関係を否定していると見せかけて、現象と心との間の特殊な因果関係を例外としているが、これには根拠がない。つまり独断論である。

このことを示す特別な箇所というわけではないが少し引用しておく。

Would we, therefore, form a just and precise idea of necessity, we must consider whence that idea arises when we apply it to the operation of bodies. / It seems evident that, if all the scenes of nature were continually shifted in such a manner that no two events bore any resemblance to each other, but every object was entirely new, without any similitude to whatever had been seen before, we should never, in that case, have attained the least idea of necessity, or of a connexion among these objects.We might say, upon such a supposition, that one object or event has followed another; not that one was produced by the other. The relation of cause and effect must be utterly unknown to mankind.*1

したがって、我々は必然性の正確な観念を形成するだろうし、我々がその観念を物体の運行に適用するときはその観念が由来する場所を我々は考えなければならない。/明らかなのは、もしも、二つの出来事が相互に何らかの類似性を備えておらず、以前に見られたものへの類似がなく〔空間的にも時間的にも共通点が無く〕あらゆる対象がまるごと新しいような仕方において、すべての自然の情景が絶え間なく転換されていたら、そのような場合、我々は必然性という観念をほんのわずかも持ってはいなかったはずだということである。我々は、そのような想定の下では、ひとつの対象か出来事は別のことに続いたのであり、或るものが別のものによって産出されたのではないと言うだろう。原因と結果のこの関係は人にはまったく未知でなければならない。

Kantにも似たようなところがある。伝統ある批判のひとつとして、Russellは次のように書いている。

Kant's 'thing in itself is identical in definition with the physical object, namely, it is the cause of sensations. In the properties deduced from the definition it is not identical, since Kant held (in spite of some inconsistency as regards cause) that we can know that none of the categories are applicable to the 'thing in itself.'*2

カントの「物自体」は定義上物理的対象に等しい。すなわち、それは刺激の原因である。〔しかし〕この定義から演繹される属性においてそれは物理的対象と等しくない。というのも、我々はどのようなカテゴリーも「物自体」に適用可能ではないことを知ることができる、とカントは(原因の点ではいくらか不整合であるにもかかわらず)考えるからである。

また、ヤコービの有名な批判も孫引きしておく。

ヤコービは、カントの「物自体」の概念が孕む矛盾をこう看破した。「私は、物自体を前提せずにはその[カント哲学の]体系のなかへと入り込むことができず、また物自体を前提してはその体系のうちにとどまることができないということについて、絶えず混乱させられた」。カントは、一方で現象のみが認識の唯一の対象であり、「物自体」は認識不可能であると言いつつ、他方で現象の根拠としての「対象」について語り、「物自体」なくして現象の存在は不可能である、と説明する。だが、知ることのできないものについて、それが存在すると言えるのであろうか。また、それをカントはしばしば「表象の原因」や「現象の原因」などと表現している。これは、カントがみずから禁じた「物自体」に対するカテゴリーの使用を侵しているのではないか。*3

*1:David Hume, An enquiry concerning human understanding, 2004, NewYork:Dover, p.52.

*2:Bertrand Russel. The problems of philosophy, 1999, New York:Dover, p.61

*3:牧野英二「第五節 物自体・対象・実在」, 『カントを学ぶ人のために』(有福孝岳・牧野英二編, 2012)所収, pp.106-107.